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2015年3月

2015年3月25日 (水)

【参戦・イベント】「プレーヤーとしてのクイズイベント参加」から離れていた頃の話

 実は2005年〜06年、一時期「プレーヤーとしてのクイズイベント参加」から離れていました。
 サークルには参加していたのですが、クイズイベントにはプレーヤーとしては参加せず、撮影や見学だけしていました。
 初心者向けのクイズ体験イベント"xyz"とか、現在と同じく"abc"の撮影などスタッフ業務はいろいろとやっていたし、クイズ界からは全く離れていないのですが、プレーヤーとしては一時期距離を置いていました。

 「引退する」という若手の皆様には、一人一人いろいろな事情があると思います。
 一方で、後述の通り自分の「引退」の仕方はかなりのレアケースです。
 ただ、「一度引退した人が、いろんなきっかけで復帰して、いつの間にか前以上にクイズガチガチやってる」という一つの事例になるかと思いますので、ここで自分語りをします。というか他の復帰組(全くブランクない人はほとんどいないのでは)の方の事例を聴きたい。

【背景】

 ときは2004年。
 クイズ界の人数がどんどん減り続け、各大学クイズ研に入る新人はどんどん減り、今のように「高校クイズ研の人が大学でもクイズを続ける」のも少数派だった時代。
 今と比べれば幾分かは牧歌的で、「クイズイベントのために対策する」「フリバ会やる」人も少数派だった時代。

 Quiz Battle Club〜the first〜 3位
 第19回クイズフェスティバル。in亀戸 5位
 第12回明大オープン 優勝
 Bangof the year 3位
 (http://www1.plala.or.jp/an/sq/result/res04.htm) 

 サークルの企画向けに問題は作っていたが、クイズの努力らしいことといえばその程度。
 当時は家で問題集を読むとかペーパーを解くこともほとんどしてなかった。僕以外の人も、普段から「強くなろう」というのを時々でも意識している人は、今よりも少数派だったのでは、と思う。
 仕事は人事(研修・中途採用)担当だった頃で、社会人生活で一番忙しかった。子供はまだ1歳だった。
 でも、当時はまだそんなに努力している人がいなかったし(今と比べると)、「スピード」と「知識量」を両方そこそこ兼ね備えている人はあまりい なかったので、そこそこの実績を努力なしで挙げられていた。「決勝が当たり前」というほどスレてはいなかったけど、でも、決勝に行くことの感動は明らかに 薄れてきていた。

【プレーヤーとして辞めた理由】

 当時一番問題意識を持っていたのが、「若手がどんどん減っていくこと」。
 初心者向けクイズ体験イベントは毎回70名前後人数を集めていたし、そこからクイズを始める人も一定数いた。そこまでは成果が出ていた。
 ところがその上がつっかえていた。クイズイベントに行ってもなかなか若手が活躍できない。上位陣は(今もそうだけど、今以上に)昔ながらのメンバーが独占していた。
 そのことにすごく問題意識をもちながら、何もできない、それどころか惰性で自分が上位の1席を埋めることに罪悪感を感じ始めていた。


 半年くらい悩んだ結果、「自分が上位にいるよりも、若手が上位に行った方が、経験を積めて得るものが大きい」「じゃあプレーヤーとして参加するのはやめよう」と思うようになった。
 今思うとだいぶ傲慢な考え方だし、久栗に説教されたように「無様に負ける様を見せる」のが先達の役割だったのかもしれない。
 でも、当時のフルオープンの主流の傾向だと、まだまだ学生に負けることはほとんどなかった(古川とかは数少ない例外)。

【宣言から引退まで】

 2004年末に引退宣言。

 2005年、沖縄旅行ついでに行きたかった「琉九大学オープン」(なお伝説の「久栗の2時間説教を正座で聞く(それもn択邸で)」があったのはこのとき)、前からの約束だった「×III」を最後に、プレーヤーとしての参加をストップ。
 3月の一橋オープンから、「イベントの場にはいくが撮影・見学のみ」のスタンス。当時はこんなことをblogに書いていた。

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 初めて「プレーヤー」という立場ではなく、「撮影兼プレーヤー」でもなく、純粋な「撮影」として臨むイベント。
 腕がうずきもしましたが、当面のところはプレーヤーとしてイベントに参加することはありません(サークルはプレーヤーとして参加しますが)。
 従来プレーヤーとしてかけていた労力を、xyz等quiz_too_funの諸活動や、xyz発クイズサークルなどのクイズの場を作ること、それと後進の育成(企画者としてもプレーヤーとしても)につぎこんでいこうと考えています。
http://diedie16.txt-nifty.com/gravitation/2005/04/post_3.html
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【きっかけ(1) 悪戯心からの勝抜杯参加】

 2006年6月、鹿児島に転勤が決定。
 その直後、第8回勝抜杯。

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・勝抜杯に参加しました。撮影ではなく、久々の参加。
 もともと参加するつもりはなくて、ビデオ撮影と豊田さんへのもろもろの引継ぎがメインだったのですが、何名の方から「せっかくだから参加したら?」と薦められたこともあり、参加することにしました。
 判断材料としては、こんなところ。

 (1) 100名予選通過なので、「橙が参加することによるインパクト」がそれほどない(プレーヤーとしての熱意が低下している自分が惰性で参 加し予選を通過することで、まだ経験の薄い方々の機会を結果的に奪ってしまうことに対し、正直まだ抵抗があります。ここらへんの話はまたいずれ追って書き ます)。
 (2) 転勤も決まっていたので、このような大人数かつハイレベルの場でクイズできる機会もなかなかなさそう(あまりプレーヤーとしての意欲はないのだけれど、たまにはヒリヒリするような感覚を味わうのもいいかな、と)。
 (3) 勝抜杯は「〜県の○○さん」という言い方を必ずするので、そこで異動先を発表するのも一興。

 まあ、もちろん(3)が一番大きい要素だったのですが。
http://diedie16.txt-nifty.com/gravitation/2006/07/post_642e.html
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 出てみたらローリングは勝抜けられたし、手応えもあり面白かった。
 けど、鹿児島に引っ越すこともあり、どのみちプレーヤーとしてはしばらく距離をおくつもりだった、が……。

【きっかけ(2) 悪戯心からの「天2」参加】

 鹿児島に行ってもクイズ自体からは離れず。
 頻度はだいぶ減ったが、鹿児島の愛好会を中心に、旧知のたかす、西くんやドクロらとクイズをやっていた。

 そんな中、新規の団体戦「天2」(まあ1はテレビ番組&"誤"の余興だったので)開催のお知らせ。
 もともと僕は撮影で行くつもりでしたが、一方九州ではクイズサークル「独路」で出よう、という話が盛り上がってきた。
 団体戦の一員であれば「自分が出ることで若手を阻害する」ことにはならない。むしろ若手と一緒にやることで何かしらのプラスになる方が大きい。
 そう考えて、僕も九州在住の一員として、「独路」で参加することを決意。
 まあ僕が「独路」から出たらそれなりのリアクションを得られるかな、という悪戯心もありましたが。またか。

 何度か福岡で対策会。
 この頃のヤナギハラさんは鬼神のように強く(一緒にクイズやると僕は大抵負けてた)、若手の西くんも伸び盛り。ますたぁやドクロを始め、実はそこそこ戦力は揃っている。得意ジャンルもばらけている。
 もちろんトータルの戦力では関東のサークルにいくらか劣るが、戦略次第ではそこそこ活躍できるかもしれない。

 2007年1月、当日。
 結果は熊熨斗会との1回戦には勝利したものの、2回戦の天by天by天でAに敗退。
 しかし、優勝候補筆頭のA(結局この回で優勝)を相手に、数段戦力が劣る中で896-192と先にリーチをかける展開。
 あと一歩の決定力がなかった、最後のメンバーチェンジでの戦術ミスはあったが、団体戦を堪能することができた。

 このあたりから「プレーヤーとして復帰しようかな」と徐々に思うようになった。
 とはいえ、この直後に退職→静岡に引っ越すこともあり、本格復帰まではまだまだ。

【きっかけ(3) 勝抜杯&A金竜さん例会への参加】

 2007年4月。勝抜杯。
 既に静岡に引っ越したことはみんなに言っていたが、「折角なので次は静岡で出よう」「100人だし」と前回と同じ理由で参加。
 プレーヤーとしては一線を退いていたが、なんとかローリングはギリギリで抜け。7〇3×は力負けでしたが、またもや十二分に楽しめた。

 まだ「罪悪感」は払拭しきれてなかったが、それでもいろんな人との出会いでだいぶ薄れてきた。
 一番影響を受けたのはsonicさん、それに冬虫さんやkeikou(はらきり)さん。

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 sonicさんともお久しぶりの再会。
 勝抜杯のあとの飲み会くらいでしかお話する機会がないですが、sonicさんのクイズに対する姿勢、かけていただく言葉はかなり大きな影響を受 けているように思います。僕がプレーヤーとして少しずつ復帰しだしたのも、sonicさんと冬虫さんとのお話の影響によるところが実は大だったりします。
 自ら勝負師で在り続けつつ、サークル運営や企画などで周囲にプラスの影響を与えていく……という点では、sonicさんとはらきりさんは一つの 目標です(もちろん他にも目標とすべき人はたくさんいますが、今ぱっと思いつくのはそのお二人です)。僕もそんな存在でありたい。
http://diedie16.txt-nifty.com/gravitation/2007/04/post_6f90.html
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 そしてこの時期もう一つ大きかったのが、Aの金竜さん例会。

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 学連新人戦96やマンオブ96(うわ、10年以上前か!)に始まり、PSY・CORO、Prom、Kitschとさんざんお世話になりかつご迷 惑をおかけしたKanataniさんの企画。アメリカ出張の前日ではありますが、「ゲスト参加可」と聞いて矢も盾もたまらずエントリー。
 エントリーが受け入れられて以来、「なんとしても勝ちたい!」という気が沸々とわきあがる。プレーヤーとして「勝ちたい」「強くなりたい」とい う感情からはかなり遠ざかっていただけに、自分でも不思議ではある。「エロマンガバトル」「第9回一橋オープン」以来久々のKanataniさんの企画と いうのもあるし、1月の「天2」でAの面々にあと1問で負けた雪辱、というのもあったかもしれない。

 ここ1ヶ月、仕事関連や英語の勉強、家族との時間やxyzの準備の合間をぬって、久々に「クイズ勘」を取り戻すべく問題の自作に打ち込んでき た。こと「短文・基本問題」に強くなるんだったら他のやり方があるんだろうけど、付け焼刃では短時間でAの面々には追いつけまい。だとしたら、問題の自作 によって「自分のテリトリーはきっちり自信を持って正解する」ことを心がけた方が、Y.FurukawaやK.Kataoka、M.Ishinoといった Aの強豪たちには太刀打ちできるだろう、と踏んだからだ。
 結局、4月は160問、5月は100問、計260問作成。もちろん、この中でかぶる問題はわずかだろう。1問もかぶらない可能性もある。どちら かというと「傾向的にF向き」「難易度的に魯鈍向き」の問題が多かったし。……しかし、自分を追い詰めて問題を自作することで、昔の「プレーヤーとしての 牙」を少しでも取り戻せるかもしれない。いや、取り戻す。 
http://diedie16.txt-nifty.com/gravitation/2007/05/075_8144.html
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 ここまで来ると完全に「引退宣言」のこと忘れてるよなあ。

 ともあれ、プレーヤーとして強豪とぶつかりあうことの魅力を感じるととともに、「別に遠慮しなくてもいいんだ」と思えるように徐々になってきた。
 おそらく自分一人で考えていても堂々巡りになっただけで、いろんな人と接点を持っていたからこそ。
 というか今日記を読み返すと、「プレーヤーとしてイベントに参加していないだけで」、全然クイズから離れてないね当時の俺(さすがに新人研修の1か月間はクイズ休んでましたが)。

【とりあえず復帰】

 2007年7月。第9回クイズロードカップ。
 特に復帰宣言とかせず、なし崩し的に前言撤回し参加、準決勝進出。

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 第1回から「準決勝(グランプリ)」「決勝・4位」「準決勝(通過)」「準決勝(アップダウン)」そしてまた「準決勝(多答)」と、ここらへんが今の僕の実力・スタンスにおける相場といったところか。
 従来からクイズロードに対する対策は全くしていないし(第1回にいたっては「新人研修の最終日の後、飲み会→徹夜でカラオケをした後に声ガラガ ラで参加」という体たらくだし)、ある意味「普段対策していない人が、素の力でどこまで立ち向かえるか」くらいのかるーい感覚で挑んでいる(これはQMA についても同じ)んだけど、逆に自然体で挑めているのがこの結果につながっているかも。とはいえ、今回のvs匠さんのように、やはり「努力に基づく実力」 の前には跳ね返されているわけで、じゃあ普段から努力するかというと……多分しないんだろうなあ。
http://diedie16.txt-nifty.com/gravitation/2007/07/post_77d9.html
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 匠くんのことをまだ「さん」付けしてた時代。懐かしい。

 とはいえこの頃は転職直後で国内外の出張が多く、また、複数部屋制の「u-4/Quizzes」という大会を思いついたこともあり(あれ仕事は?)、優先順位はそちらの方が上。
 「タイミングがあえばイベントには出るけど、普段の努力はしない」感じ。
 とはいえもともとそんなスタンスだったので、引退前の状況に「復帰」。




【総括】

 僕が戻ったきっかけになったのはこんなところ。

・エントリーしなくても、直前でも気軽に出られるイベント(気がむいたときに出られる)
・団体戦(自分以外の人からの誘い)
・旧知の友人の企画(クイズ以外の接点)

 で、引退しているわけだからパフォーマンスとしては当然鈍ってて負けるんだけど、負けて悔しさを思い出して、またクイズやりたくなって、いつの 間にか戻ってきている、むしろ前以上の熱意になっている、というね。僕以外の復帰組も、楽しさだけではなく「負けた悔しさ」からクイズに戻っていく、とい うパターンは時々見かけました。

 僕はテレビには出る気がないのですが、「テレビ番組」の存在というのは凄まじく大きくて、下記いろんな人がテレビで復活している。
 最近だと「ゲームセンターでのクイズ」も。

 クイズの企画者側の見方でいくと、ここらへんの環境が整備できると、「一度離れた人が戻ってきやすい」ということになるわけで、これはまた項を改めます。

【その後】

 僕の場合「プレーヤー引退」といっても、サークルには月1以上行くし、イベントの場にも撮影・スタッフでしょっちゅういた(鹿児島・静岡のときはさすがに数が減ったが)。
 ただ、それでも一旦できたブランクは大きく、そこから取り戻すのにそれなりの時間がかかりました。

 2008年より大阪に転勤、ここでも「イベントには出るけど、特に努力はせず、サプライヤーサイド中心で楽しむ」スタンスは不動。
 単身赴任で隔週で静岡に戻っていたのもあるし、東京に遠征するのもごく一部の大会。
 一方でこの頃からだいぶプレーヤーのレベルがだいぶ上がってきた。また傾向も、自分が得意とする「初期学生風」「一フリ系」から「短文基本」の色が徐々に濃くなり、上位進出の機会はかなり減った。結果として「わざわざ遠慮する必要もなくなった」。

 ここから先は本題からずれるので端折って。

 2008年→本格復帰。大阪1年目。一心精進掲載なし。TQCオープン例会の可杯の決勝進出が最高。

 2009年→一心精進掲載なし。10月のFive Star、好きな傾向だったのにコース別敗退。ここの悔しさと、やましん・ゲンヤ・心ら関西の若手の刺激もあり、一気に火がつく。

 2010年→ABC1(筆記4位)もあり、「プレーヤーとして努力して頑張る」モードに。確か15年ぶりくらい。ABC〜Ex'10〜優勝、西日本早押王準優勝。「関西とトヨダさんへの恩返し」のため「花より男子ん杯」開催。

 2011年→そろそろ異動が見えてきた頃。天4までは毎週対策会&飲み会。2月に横浜に異動。勝抜杯はガチガチ対策し筆記10位シード。シンサ 立ち上げ。コース別は抜けられるようになったけど準決勝止まりで、一心精進掲載なし。ABC2の前日に天啓で「早立ち」を思いつく。

 2012年→昨年末に思いついた「早立ち」を具現化、早立ち01Stand-Art''開催。勝抜杯3位、5・15オープン優勝、ロブスター何デか優勝、鹿児島オープン準優勝。シード5回と想定を超える結果。

 2013年→「天5」にシンサのキャプテンとして出場、ベスト6。ここでの対策会が糧になった。?don-dawn? 3位、しもつかれオープン優勝 、UNO2 3位。一心精進レベルではないが、苦手な傾向の東日本早押王でプレーオフで善戦。ただしみまさかオープンであわや予選落ちまで落ち込み、一気 に危機感に火がつく。モノシリ開催。

 2014年→一心精進はUNO3の優勝と、あとDDT3rdの筆記1位。昨年末からペーパーを集中的に鍛えたこともあり、筆記の順位が上位安定するように。モノシリおじさんに。

 2015年→いま。中大で筆記3位、OMQで筆記12位→総合5位、はるひべで筆記1位→総合3位と「若手が出す難易度高目の問題」には対応できてる感。

【近況】「クイズ 引退」について感じていること

 abcチャンピオンだけではなく、「クイズ 引退」でtwitter検索すると、いろんな人が「引退」を表明しているようです。
 中には、高校生の部活の感覚で「引退」と言っている(=何も「一生クイズやらない」わけじゃなくて、「その部を引退する」けど「進学したらまたクイズやるかも」という感じの)人もいそうなので、その点は差し引いて見るべきだと思うけれども。

 チャンピオンはじめ、それぞれの人がどういう状況で「引退」という判断を下したかは当然私は知らないし、知らない以上とやかく言うのは気がひけます。
 それに、個々の選択はそれぞれ尊重すべきで、それに対して外部がとやかく言うのは野暮だなあ、とも思います(たとえ「チャンピオン」という立場が、ある程度公共性を帯びてきたとしても)。なので、個々の事例についてどうこう言うことはしません。
 また、「今の学生がabcに熱意を燃やすあまり、燃え尽き症候群になっているのでは?」という意見も散見されますが、今の学生の普段の状況をよ く理解していない中で意見を言うのは控えます。だいたい自分自身がそういうクイズの取り組み方をしてないし。それよりは、自分のスタイルでクイズを楽しむ 姿を見ていただくのと、異なるスタンス・傾向のクイズを提供するのが自分の役割かな、と。

 23年クイズを続けてくると、「自分より後にクイズを始めた新鋭が、自分より先にクイズを辞める」姿を多々見てきた(それが「自分の生まれた後」になり、さらには「自分が就職した後」に……)。
 そんな中での一般論として。


【「クイズを辞める」という人は、えてして戻ってくる】

 僕以外にもいろんな人が言っていますが、「クイズ辞める」宣言をする人に限って、クイズを辞めきれずに戻ってくる、という事例が過去多々ある。

 「クイズを辞める」と宣言しなければ、クイズを辞めきれない。
 「もう一生やらない」と断言しなければ、クイズの引力に絡め取られてしまう。
 大半の場合、「クイズを辞める」宣言をする人は、「クイズが大好きで大好きでたまらない」人だ。
 仕事・家庭・その他の理由で「続けない方がいい」「他のことをやるべきだ」と考えた人が、自分への決意のために引退を宣言する。

 そして、そういう人は「クイズが大好きで大好きでたまらない」わけだから、何かきっかけがあると戻ってくる。
 テレビ番組、団体戦、旧友主催の企画、誰かの応援などなど。

 全員が戻ってくるわけではない。別の道を歩み続ける人もいる。
 また、今回のtwitter上での引退宣言を見てると、「自分に届かない世界だな」的な引退の仕方もあって、そういう人は戻ってこないだろう。
 でも、前言撤回して戻ってくる人はいるのだ。僕も然り(05-06年の一時期、プレーヤーとしては大会に出ることを控えてました)。

 ちなみに引退宣言以上に戻ってくる可能性が高いのが、「引退記念にオープン大会を開く」人、というのが持論(卒業企画くらいだったら辞める人多いけど)。僕はこの言葉を聞いたら「ああ、引退しないんだな」と正直思ってます。


【本当にクイズを辞める人は、引退宣言をせず、徐々に熱意が薄れてフェードアウトする】

 一方、本当にクイズを辞めてしまう人の大半は、決意や宣言するわけではなく、なんとなくフェードアウトしていく。
 クイズと他の用事(仕事・家庭・他の趣味)がバッティングしたときにもう片方を選んだりとか、バッティングしなくてもわざわざ行こうという気がなくなったりして、月1回のクイズが3か月に1回になり、半年に1回になり、ついにクイズから足が遠のく。

 そういう事例もたくさん見てきた。
 というか、「いろんな人を見なくなってきた」というのが正しいか。


【「クイズを引退する」と表明した方々へ】

 引退することを止める気はないし、そもそも人の言葉で止められるもんじゃない。
 けど将来、気が向いたら、クイズに戻ってきてくれると、僕たちは嬉しい。

 スタンスはいろいろある。ガチの競技クイズプレーヤーでも、「たまの楽しみ」くらいの頻度でも、はたまたサプライヤー/大会のお手伝い側でも。
 クイズの種類もいろいろある。短文基本や難問長文やモノシリ系などなど。ガチ以外にもジャンル限定だったりバラエティ系だったり。

 どんな形でもいい。極端な話クイズでなくても、ごはんとか酒とか他の遊びでもいいので、「あなたとまた会いたい」という人がいる、ということは心に置いて頂けると有難い(三田会、いろんな人に来てほしいですねー)。


 まあ確かに「もうクイズをやらない」という前言を撤回するわけで、特に誠実であればあるほど恥ずかしく感じてしまうかもしれない。
 と書くと「戻ってきた人が誠実ではない」と言ってるようだけど、言い方を変えれば「自分の欲望に正直/素直」か「臨機応変」な人が戻ってくるんだろう。

 けども、「引退を撤回する」なんて正直よくあることだし、戻ってきてクイズシーンの盛り上げに(できる範囲で結構なので)お力を貸していただく 方が、あなたを含めて多くの人を幸せにする。スタッフをやらなくても、大抵の人は「いるだけで」盛り上げにプラスの影響を及ぼす。もちろんプレーヤーとし て楽しんでいる姿を見せる、さらにはスタッフとして運営を担う……のであれば、さらにプラスの影響は高まる。
 また、「クイズを続けている同年代」がいる方が、クイズは続けやすい。となると、あなたがクイズに戻ってくることは、あなたの同年代もクイズに戻ってきやすくなる、ということだ。

 人の心は変わって当然。クイズがやりたくないときに無理にやる必要はない。けど、「またクイズをやりたい」と思えるときがあったら、勇気を持って前言撤回してほしいな、と思う。

 

 少なくとも僕はそう思う。
 まあ引退する人たちと接点があるわけでもなし、目に届かないかもしれないけど、届いたらちょっと嬉しい。

【クイズ界に残る人々へ】

 やめていく人を見て嘆きたくなる、衝撃を受ける。その気持ちはよく理解できます。
 でも、僕らが楽しそうにクイズをやり、クイズの友人たちと(クイズ以外も含め)楽しむこと、作り手としていろんなクイズの場を用意すること、クイズの幅を広げることが、僕たちにできることだと思います。無理強いはできない。

 あと、作り手側の考えからすると、「昔クイズやってた人が戻ってきやすい」仕組み作りは必要だと思います。「クイズ久々の人向け」をコンセプトにしたイベントとか、ゲスト参加がしやすいサークル(そのためにはサークルの数自体増やす必要がある)とか。
 これを書くにあたって、一つ凄まじいアイデア(複数部屋制や早立ちクラスの)が降ってきたので、これは別項で書きたいと思います。

 もっと楽しいクイズを!
 あと、「クイズから一時離れていたけど、戻ってきた」という方は、そのときのきっかけとか心境を教えていただければ幸いです。一つの参考と致します。

*自分自身、一時期「プレーヤーとして」離れていた時期があったので参考までにその時のことを書いたら、超長文になりました。こちらも別項で!

2015年3月22日 (日)

【問題集販売】abc/EQIDENで販売した電子書籍のリンク先

 ご購入いただいた皆様、ありがとうございます。
 下記のリンクを張りましたので、ご活用ください。

 なお、解凍にはパスワードが必要となります。
 パスワードは会場で販売した紙片に記しております。

 掲載期限は発売後10日間(3月31日まで)です。以後は削除致しますので、お早目にダウンロード下さい。
 ダウンロードできないなどの不都合は、quiz_too_fun@nifty.com(神野)までご連絡下さい。

 また、本日購入されていない方で問題集をご希望の方は、下記電子書籍販売サイトからご購入可能です。
 http://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=274447

「mono-series’14」
http://bit.ly/1upRqYu

「mono-series’14未使用版」
http://bit.ly/15E5BU6

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「mono-series’13未使用版」
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「早立ち01 Stand-Art''」
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「花より男子ん杯」
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「Quiz-NA」
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